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second nature

天野憲一

2005年9月17日(土)〜9月23日(金)
12:00〜19:00(日曜月曜休廊・土曜日17:00まで)

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10代の終わり頃、僕は毎日デッサンを描き続けていた。美術の世界に憧れ、芸術系 大学への進学を希望したからだ。 何時間もモチーフを見続け観察をする。時間をかけながら木炭紙に描いていく。夢中 になって(本当に時間を忘れるぐらい)観察をし、木炭の粉を紙の繊維に埋め込む作 業に没頭していた。雲の動きによって光の明暗を感じ、日が傾くにつれモチーフの印 象が少しずつ変わってくことを体感した。 長時間の集中と緊張により神経が研ぎすまされる。モチーフと描かれたデッサンとの 違和感。忍耐強くそのズレを修整していく作業。 モノの輪郭や線、明暗だけを写し取る作業ではなく、モノの存在を想像する。 よく見ること。想像すること。そして正確に表現すること。僕はそれらをデッサンか ら学んだ。  現在の僕はカメラを持って定期的に博物館へ出かけている。陳列された剥製を目の 前にして、細部のディティールを細かく見ていると小さな興奮が起る。そして幾らか の時間を経て少し頭が冷えた頃を見計らい、剥製にカメラを向ける。 まずはファインダーとカメラの操作に全神経を集中する。決して目の合うことが無い 剥製に対していると、かつて生きていたであろう時よりも強い存在を感じる。撮影し たフィルムを持ち帰り、現像とプリント作業を行う。現像液に浸した印画紙から立ち 上がってくるイメージに再び興奮を覚える。いつの日か、そのイメージが逃げないよ う丁寧に定着作業を行う。  仕上がった写真の前で、僕はいつも少し戸惑う。撮影していた時と何かが違う。カ メラが記録した被写体と僕が記憶していた被写体との間には、僅かながら差異を感じ る。それは本当に微妙な違いで、注意を払わないと見落としてしまうし、ただ一度眺 めただけでは見つけられないこともある。もしかすると僕の思い込みだけかもしれな い。何が本物でどれが偽物なのか、そもそも決めつけられるものなのか、分からなく なる。しかし、これら曖昧な掴みどころのなさを、僕は否定的にとらえていない。む しろ信用できる何かを含んでいると確信している。いつからか、second nature(第 二の天性)というものを意識するようになった。 このシリーズでは、剥製・プラスティックのレプリカ・生きている動植物を被写体 としている。作業は現在も継続中である。

 

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